カタヨリ紙

終電前のブンガク雑談サイト 

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小島信夫 『殉教/微笑』

「首をきるのはなかなかむつかしいでしょう?」
「いや、それは腕ですし、何といっても真剣をもって斬って見なけりゃね」
「何人ぐらいやりましたか」
「ざっと」彼はあたりを見廻しながら言った。「二十人ぐらい。その半分は捕虜ですがね」
「アメさんはやりませんでしたか」
「もちろん」
「やったのですか」
「やりましたとも」
「どうです、支那人とアメリカ人では」
「それやあなた、殺される態度がちがいますね。やはり精神は東洋精神というところですな」
「それでよくひっかからなかったですね」
「軍の命令でやったことです」(略)
とたんに山田の浅黒い顔の中でよくしまった口がゆがみ口惜しそうな表情になった。
「どうです、このざまは、これが戦争中の行軍だったら……これが教師なんだからな」(『アメリカン・スクール』195p~)

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話がつうじない。

商売人の娘ですから、だれとでも仲良くやっていけるように躾けられている。わりと愛想もいいし、たいていの人々と、合わせていける。営業職なんて、私の天職じゃないかな。お客さんの呼吸とこちらの呼吸とがピッタリと合って、おたがいに気持ちよく売買できるだろう。

『泥棒日記』 ジャン・ジュネ

わたしの書いたものを検(あらた)めてみると、わたしは今日そこに、卑しいとされている人間や物や感情を対象とする、忍耐強くつづけられた、復権の意志を明らかに認めるのである。卑しいものたちを、ふつう高貴さを表現するのに使われる言葉で称(よ)んだことは、幼稚な、たやすいやり方だったかもしれない、――わたしは急ぎすぎたのだ。(略)しかし今日自分の書いたものを読みかえすとき、わたしはそれらの若者を忘れてしまっており、彼らからはただわたしが高らかに歌ったさまざまな属性が残っているだけである。そしてそれらこそがわたしの諸作品の中で、自恃(じじ)の念や英雄的行為や大胆さと等しい光輝をもって輝くだろう。わたしは彼らのために言い訳を捜そうとはしなかった。彼らを正当化しようとはしなかった。わたしはただ彼らにも「名辞」たるの栄誉を与えたかったのだ。この操作はわたしにとって無駄ではなかったようだ。わたしはすでにその効果を感じている。すなわち、わたしの精神は、あなた方が蔑むものを美しくしたことによって、わたしの心を激しく揺り動かしたものを光輝ある名でよぶという活動に倦(う)み疲れて、いまはもう、あらゆる形容語を拒否するようになっている。わたしの精神は、人間でも物象でも、それらを混淆(こんこう)することなく、すべてを等しくその裸の姿において受け入れるのだ。それらに衣を被せることを拒否するのである。こうして、わたしはもう何も書きたくない。わたしは「文学(ことば)」と訣別すべき時が来ているようだ。(160p~)
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ブログ拍手ありがとうございます。 このサイトは引越しました。文学の他に、韓国映画ドラマ、音楽、DIYなど、より雑多になって、のんびり続けています。
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