カタヨリ紙

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わかちあう

あおくんときいろちゃんえのぐを浸した絵筆を、ましろな紙におとす。じゆうに筆はすべり、なんの欲もない丸や四角が表われ、その擬人化された目鼻のないカタチはほんのりと甘く、そしてどこか懐かし気持ちを思いおこさせる。
この絵本の作者であるレオ・レオーニは、じぶんのアトリエに入ってきた幼い子どもたちに「何とか機嫌良くお引きとりねがおうと」して、青色のまるの「あおくん」と、黄色のまるの「きいろちゃん」を、さらさらと画用紙に書いて見せたのだそうだ。ふたつのまるは、飛んだり跳ねたり、くっついたり離れたりしながら、仲良く遊び、そのうち重なり離れなくなってしまい、ふたつの色が合わさった緑色になってしまう。友達や、お父さんやお母さんも出てきて、すべて単純なまるや四角などで表現されてゆく。目鼻がないぶん、かえってリアルな動きで感情移入しやすく、古典だが、いつまでも新しい、豊かなお話。子どもたちはどんな表情で、レオ・レオーニの、この速攻芸を見ていたのだろうか。作者自身も成り行きを知らない、「あおくん」と「きいろちゃん」の物語を。
スイミー同じ作者の描く、もうひとつの有名な絵本が、『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』。仲間はみんな赤い色をしているが、スイミーだけは黒い色。ありがちな物語としては、じぶんだけが違うという意味を、違うからこそ価値があるという意味で据えなおすが、このスイミーも一見そちらに向かうのかと思いきや、じぶんだけが違うことを「利用」して、そのことを「仲間とわかちあう」という所まで高めていく。ぼくたちは小さい魚だからこそ力を合わせて戦わなくちゃいけない。みんなと違うぼくが、たった1匹で、ヒーローのように敵をやっつけるのではなしに。上の『あおくんときいろちゃん』も、それから『スイミー』も、別々の話だが、どこかつながっている。青と黄、赤と黒、相反する色が通い合うにはヒーローは必要ない。「通い合いたい」という気持ちと、そのことを「仲間とわかち合いたい」という気持ちがあれば、事実は変化していくものだと、レオ・レオーニは、言っているかのようだ。



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