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車谷長吉 『漂流物』

海からの涼しい風が吹いてくるここは、この幽霊屋敷の日陰は、どういうとこや。十円玉の賭けで表が出た場所が、ここや。けど、わしにはここがどういうとこか、分からへん。すべてを捨てて来た果ての場所なんか、すべてを失った果ての場所なんか。所持金は、わずかしかあらへんがな。あと、二、三日したら、また空っぽや。すっからかんや。そのあとは、どないして生きて行くねん。考えとうはないことが、立ち上がってくるが。わしの中に、棒みたいに立ち上がってくるが。つらいが。悲しいが。粋やが。


『漂流物』/車谷長吉(新潮文庫)より


身内を含め、身辺を洗いざらいに書き出してゆく、毒虫の名にふさわしい私小説作家、車谷長吉の作品は、今ふうのやさしい私小説まがいの作品群とは一線を画し、また反対に、いわゆる文学的な私小説とも相容れない、独特な道を突き進んで来た。これをマジメに捉えようとすれば、その端から悉くこぼれ落ちていくだろう。ひと言で言って、この作家のキーワードは「裏切り」ではないか。そんなふうに私には読める。
しかし、たとえば太宰だって、言ってみれば「裏切り」である。読者も評論家もすべてを裏切る。私はこういう者ですと、構築して見せておきながら、次の瞬間には叩き壊す。あらゆる箱物、価値観、分別を否定し、みずから漂流物であろうとする。「『語り』は多分に『騙り』である。『語る』ことは、血みどろである」車谷長吉は、血みどろで、裏切っている。
『漂流物』から抜き出した上の文章は、「私」が会社勤めを辞めて、各地を放浪した先で出会った、料理場で働く「青川」という男の語り部分である。この男、粋や、粋やと、言う。一文ナシで途方に暮れている場面でも、「つらいが。悲しいが。」けど、「粋やが。」である。私は東側の人間なので、西側の人たちの言う「粋やが。」の意味を皮膚感覚では理解できないのだが、ダンディズムのような意味なのだろうか? とすれば、この男、「つらいが。悲しいが。」と口では言いつつも、ちっとも辛く悲しいわけがない、そういう場所に落ちて行った自分を、腹の底ではクツクツと嗤っている。またそういう自分こそが自分らしいと、ホッとしているような安堵感も滲み出ている。車谷長吉は、こういう男を好んで描く。先に名を出した太宰と大きく違う点は、彼の語りには、どこか社会に対しての挑戦が隠されているように思えてならないのだが――つまり、私小説とは純粋にヤイバを自己のみに向けるもの、それでこそ評価できるというような捉え方があるが、彼はそこには留まり切れず、私に向けたヤイバは、同時に社会へも向けている。もちろん太宰だってそれと似たことはやるが、こちらは明らかに「やります」という宣言のもとにやっている。車谷長吉はそうではない。作品全体が反社会的なのである。「つらいが。悲しいが。」けど、「粋やが。」なのだ。辛く悲しいことを、「粋やが。」と言わせる私小説作家がどこにいるだろうか。その意味において、車谷長吉は、いわゆる私小説作家のワクからはみ出している。それを濁りと見るか、独特な道を行くと見るか。私は後者の立場だ。


【ご紹介した本】

4101385122漂流物
車谷 長吉

新潮社 1999-10
価格 : ¥420

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※平林たい子賞文学賞。



【他の作品】

4101385114塩壷の匙
車谷 長吉

新潮社 1995-10
価格 : ¥500
おすすめ平均

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※三島由紀夫文学賞。芸術選奨文部大臣新人賞。



4101385149武蔵丸
車谷 長吉

新潮社 2004-04
価格 : ¥460
おすすめ平均

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※川端康成文学賞。



4167654016赤目四十八瀧心中未遂
車谷 長吉

文芸春秋 2001-02
価格 : ¥470
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※直木賞。


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