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太宰治 『桜桃』

子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊更らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。少くとも、私の家庭に於いては、そうである。まさか、自分が老人になってから、子供に助けられ、世話になろうなどという図々しい虫のよい下心は、まったく持ち合わせてはいないけれども、この親は、その家庭に於いて、常に子供たちのご機嫌ばかり伺っている。子供、といっても、私のところの子供たちは、皆まだひどく幼い。長女は7歳、長男は4歳、次女は1歳である。それでも、既にそれぞれ、両親を圧倒し掛けている。父と母は、さながら子供たちの下男下女の趣きを呈しているのである。(166p)


※太宰治『桜桃』/ヴィヨンの妻(新潮文庫)より


昭和23年、死後発表された『家庭の幸福』と同時期に書かれた、太宰後期の短篇。「子供より親が大事、と思いたい。」という、腹の底からしぼり出したような、なまなましい声が、聴こえてくるようです。その事情は、いろいろとあります。たとえば4歳の長男は、痩せこけていて、まだ立てず、はっきりと言葉も言えない。そのことを、太宰も、奥さんも、気にかけている。そのくだりを抜き出しますと…、


ああ、ただ単に、発育がおくれているというだけの事であってくれたら! この長男が、いまに急に成長し、父母の心配を憤り嘲笑するようになってくれたら! 夫婦は親戚にも友人にも誰にも告げず、ひそかに心でそれを念じながら、表面は何も気にしていないみたいに、長男をからかって笑っている。(170p)


私小説作家・太宰は、事実を100パーセント並べただけの作家ではないですが、この長男さんのことは本当です。そして、ここに書かれている、父としての想い、これは、本当どころか、おそらく、それ以上に心配し、同時にまた、その原因を自分自身に突きつけて、苦しんでいたのではないのかと、私などは想像してみたりもします。夫や妻が、どうだとか、姑がどうだとか、家庭においての繰言は、誰しも1つや2つ、ありますが、しかし、そうやって誰かのせいにして生きているし、挙句の果てには、「そもそも私の生い立ちは」などと、ダメな自分の責任を、その両親の養育方法のせいにまでして、2重にも3重にも自分を守り、どうにか今日を生きているようなもの。せめて、「しょうがない」と、スパッと事実をわきまえてしまえば、気分的にもずいぶんと違っていたはず――太宰という人は、そのどれをも採用しませんでした。人のせいにしているようで、ぜんぶ自分のいたらなさに思いを馳せるような人でした。長男さんのことだって、過去にしでかした、あれやこれやの事件をふり返り、自分のせいだと、痛ましいほどに、苦しんでいたのでは、ないでしょうか。
太宰を、弱い人間だと言う人がいますが、とんでもない誤解です。
この人は、大変に強い人です。自分のいたらなさに思いを馳せることができるのですから。それともうひとつ。自意識過剰だと、言う人もいる。私の少ない人生経験から申し上げますと、自意識過剰の人は、ぜったいに死にません(笑)内省するフリはしますが、どこかでするりと逃げて、かならずや生き残ります。見た目は太宰と似ているけれど、まったく逆方向の活動をしていると思います。ともかく、太宰はイメージが固まってしまい、素直に読んでもらえないのが、悲しいですね。人間失格、だけじゃない。この人の語り部としての才は、もっと別方向から評価されて然るべきだと、私太宰マニアとしては、それを願っております。


子供は、生命力のカタマリのようなもの。
その生命力のままに、飛んだり跳ねたりする。
さまざまな事情を抱えた大人は、押されて、よろめく。
だから、子供より親が大事、と思いたい。
子供を大事に思えばこそ、子供より親が大事と、思いたいのです。


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【ご紹介した本】
4101006032ヴィヨンの妻
太宰 治

新潮社 1969
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