カタヨリ紙

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大江健三郎

「友人たちが亡くなって僕が考えたことは、彼らが生きている間に彼らが考えたことを、僕は十分理解していないのではないかということです。そして、僕は彼らの大事な時間を奪い、無駄にしてしまったのではないかと思い、苦しみました。」
「僕はやはり小説家だったということです。小説以外に、二日も三日もぶっ通して仕事をしたりなんかしないということに気付きました。(略)亡くなった友だちの魂を呼び戻すようにして、生きている人間が自分の過去を考えるというのが第一巻(※「取り替え子」)。死んだ友だちとの大切な経験にもう一度光をあてようと思ったのが第二巻(※「憂い顔の童子」)。それでもまだ、自分や死んだ友人のことがうまく理解できていないような気がして、彼らとの人生を生き直す人物を書こうと思いました。それが第三巻の『さようなら、私の本よ!』です。」

ローカル紙に掲載されていました。
この三部作は大江さんの小説のなかでは読みやすく、入りやすいのですが、どことなく寂しげで、元気がないのですよねぇ…。
でも一文、一文には、大江さんらしい味わいが。
ためしに『憂い顔の童子』の目次から拾ってみますと、

序章  見よ、塵のなかに私は眠ろう 
第一章 『ドン・キホーテ』とともに森へ帰る
第二章 アヨ、アヨ、アヨ!
第三章 夢の通い路
第四章 「白骨軍団」との異様な冒険
第五章 「普通の人」の苦しみ
などなど…。
どれも小説の題名になりそうー。
含ませた意味合いが、すでに物語を形成していますよね。
大江さんの文章、キラキラしてて、私は好きです。
また元気になってくれると、いいナ。

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