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生活保護100万世帯

10年前と比べて1.6倍、じわりと増えている、らしい。
その内訳は高齢者世帯が半数を占め、傷病障害世帯、その他、母子世帯と続いているそうです。
この問題に首をツッこむと、えらいめにあってしまう。
闇、闇、闇です。先が見えない。こっちを動かすと、こっちが立たず、するとこっちに波及してこっちも動かしてと、まぁなんと申しましょうか、私のような単細胞にはなんとも言いがたいです。
だって年金払っていないんでしょう? ほんとに病気なの? ニートなんて怠け病じゃん。母子家庭って言っても水商売でもなんでもやればいいじゃん。みたいなことは、そうカンタンには言えません。
そりゃなかには都合の良い方々も混じってはいるでしょうが、そういう方々が1パーセントでも混じっているだけで、生活保護を受ける全体が都合の良い方々だと思われてしまい、ほんとに貧窮して苦しみ果てる、などという状態はいくらなんでも…。かといって毎日がんばって働いていらっしゃる方々から、毎月差し引かれてゆくさまざまな、大切なお金。医療費の問題もありますしねぇ…、混沌としてゆきます。

この社会、格差が出てしまうのはしょうがないですが。
たとえば、マジメに生きてきた、とつぜん夫が失踪した、小さい子ども数人抱えて自力でなんとかしようと努力したが、ムリがたたって病気になってしまった、子どもたちを飢え死にさすわけにはいかない、世間の目、近所の目、後ろめたいが、仕方がない、生活保護を受けることにする。あるいは、学校で醜いイジメにあった、死にたくなった、相談する人もいなくて、そのうちに不登校になり、うつ病になり、気がつけばニートと呼ばれていた、働けるものなら働きたいけど、自分の部屋から出るのも怖い。または、家庭の事情で学校に行けなかった、無学なので働ける場所は日雇いの肉体労働だけ、自分なりに働いたが、老後のための貯えに気づかなかった、そのことに気づいたときにはもう老人になっていて、いまさらどこも使ってくれない、どうしたらいいのか…、などなど、各人の理由があって、最後の頼みの綱で、生活保護を受けようとする場合、それでも自己責任とやらで突っぱねるのか、どうなのか。

きれいごとは、いくらでも言えるけれども、もし私がそういう境遇に立たされたら、わらにもすがる思いで生活保護を受けるだろうと思います。昔の人は、おたがいさま、という言葉をよく使っていましたね。明日は我が身だから、おたがいさま。そのかわり、私が明日、もしも何かで困っていたなら、こんどは、あなたが助けてよ? おたがいさま、だからと。この混沌とした問題を前にして、あの精神を、思い出しました。
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