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小島信夫 『殉教/微笑』

「首をきるのはなかなかむつかしいでしょう?」
「いや、それは腕ですし、何といっても真剣をもって斬って見なけりゃね」
「何人ぐらいやりましたか」
「ざっと」彼はあたりを見廻しながら言った。「二十人ぐらい。その半分は捕虜ですがね」
「アメさんはやりませんでしたか」
「もちろん」
「やったのですか」
「やりましたとも」
「どうです、支那人とアメリカ人では」
「それやあなた、殺される態度がちがいますね。やはり精神は東洋精神というところですな」
「それでよくひっかからなかったですね」
「軍の命令でやったことです」(略)
とたんに山田の浅黒い顔の中でよくしまった口がゆがみ口惜しそうな表情になった。
「どうです、このざまは、これが戦争中の行軍だったら……これが教師なんだからな」(『アメリカン・スクール』195p~)

小島信夫の初期作品を、講談社文芸文庫で読んだ。小銃、吃音学院、星、殉教、微笑、アメリカン・スクール、憂い顔の騎士たち、城壁、愛の完結の短編9本が入っている。このなかのアメリカン・スクールは、芥川賞を受賞。安岡章太郎、吉行淳之介、島尾敏雄、庄野潤三らとともに、第三の新人と呼ばれている、らしい。
抜き出した箇所は、戦後の日本、つまり生き死にの戦争を、どのような言い訳も観念も通用しない戦争を、じかに体験してきた人たちが、その後に英語教師となり、アメリカン・スクールへと参観に出掛けていく、そのときの会話。この感覚、「どうです、このざまは」という感覚、生まれたときから富める国で暮らす私には、正直申し上げて、遠い感覚。なんとなく分かるよと言いたいところだが、小島信夫の息づかいが聞こえてきそうな筆遣いに敬意を表して止めておきたい。戦争は、ロールプレイング・ゲームではないし、読者参加型の推理劇でもない。昨今の、あれやこれやの横からの嘴挟みは見ていて腹立たしい。生徒は黙って聴くべきだ。体験者という先生の話を、まずは自分の口を抑えて細部まで聴いてやるべきなんだと、小説から脱線してついでに書き加えてみる。しかしその感覚が分からないなら小島信夫は読めないでしょう? そんなこともないでしょう。この短篇集を読むかぎり、小島信夫はもっと広い。時代に隔絶された読書とも手を結べる何か、凄まじい何かを、その内面に潜めているように思える。たとえば、『微笑』はどうだ?

僕は自分が息子を愛することができないのは、直接手をかけて育てなかった報いだ、と知っていたが、そのために手をかけ鍛えねばならないと思ったりした。しかし実際は僕が愛さないどころではなく、憎んでいるのは、息子が不具であったからなのだ。僕は息子の割の悪さを考えると、いても立ってもいられなくなったりした。
妻は子供が不具であることを忘れて叱った。そして夜僕に背中を向けて泣いていた。僕はむしろ不具であるために叱っている。僕はその意味で妻の心が一番こわいのだ。
妻はながいことつわりで寝ていた。息子は小用が近い。(これも一つは病気のためだが)僕が起すと息子はフトンの上に立って小用をしだした。僕は息子をなぐり倒し、倒れた息子の硬直したからだの脚をもって屋根のところまではこんで行った。僕はそうしながら痺れるような快感を味わっていたのだ。(略)僕はそれから硬直した木ぎれのようなからだを、木ぎれを投げるようしてフトンの上に放りだした。僕はそれから尻を叩きはじめた。太鼓を叩くように。(略)僕は妻が僕を止めてくれるのを待っていた。
すると妻は僕にとびかかってきた。そうして僕は妻の首をしめた。僕は妻に下腹をけられてのけぞった。妻は僕といっしょになってはじめて、男の使うようなはげしい乱暴なことばで僕を罵りながら、うつぶせになっていた。
「なにをしやがる」
妻はたしかに僕にそういった。僕より育ちのいい妻が、そういうことばをどうして使うことが出来たのであろう。(略)僕は宿屋の二階に下宿していたので、僕の所行は皆に見られていた。(『微笑』157p~)

あんまり良くって長いけど抜き出した。
これも陰には戦争がある。だけども、その戦争をうまく掴めなくても、現代の読者にだってじゅうぶんにシンパシーが感じられる。虐待とかなんとかそういうことだけではなしに、親子、兄弟、夫婦、恋人同士…、関係が深まってゆくほど、状況が切迫するほどに、だれでも化けの皮が剥がれてしまい、この妻のように育ちもなにも吹っ飛んでしまい、「なにをしやがる」と絞り出すみたいにして声を出してしまうかも知れないし、もちろんこの夫のように行き過ぎて悪魔にならないともかぎらない。この平和な時代においてもそれは同じことで、その瞬間を逃さずに書き記してゆく小島信夫の語り方は、いわゆる日本の私小説作家がやってきたことととは違っていて、それはたぶん、ほどよいところで「記録!」というような意識が働いていたのではないのかと、妄想した。冷徹な眼差しを感じる。ズブズブに内省しない(内省するのが悪いということではありません。日本の私小説にも旨みがあります)。途中で翻訳された文学を読んでいるような感じがした。小島信夫というと、すぐに父権がどうこうという話になるが、もっと自由に読みたい気分だ。

この短篇集、全編にわたって共通していることは、ソクラテス的なアイロニー、僕はこんなにダメですが、こんなに滑稽ですが、それは本当ですか? という埃の叩き方、問い詰め方をしている。ときに喜劇ちっくに、場合によっては残酷なまでに。

殉教・微笑
小島 信夫

4061962515

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