カタヨリ紙

終電前のブンガク雑談サイト 

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ささやかな使命

家のまえに手押し車を出して、そこに一日中腰かけ誰彼となく挨拶をかわす。見知った子どもが手を振りながら、駆けてくると目尻もさがる。はい、こんにちは。幼稚園はどうだった? 気ぃつけて帰りや。「こんにちは爺さん」92歳。耳はとおくなり、歯は抜けて言葉がよく聞きとれず、体も手押し車なしじゃ歩けないほどのヨボヨボだが、頭はシッカリとしていて、よく聞けば言うことも硬派だったりもする。爺さんは今でも現役で、ささやかな使命をまっとうしようとしている。

いつもキタナイ系の洋服を着て歩く私が、用事があって、キレイめの洋服に着替えて出掛けて行くと、かならず私においで、おいでをする。なに? と私が近づけば、小さな声で、帽子かぶらなアカンで、と言う。肌が灼けるから、私に帽子をかぶれと言う。日傘でもいいぞと言う。めんどくさがりやの私はてきとうに返事をし、プププと胸のうちで笑ってしまう。キタナイ系の洋服のときは、帽子かぶれなんて言わないくせに。爺さんって、案外に、見ため重視なのね(笑)。

そういう爺さんは、ほぼ毎日おなじ服装だ。陽に灼けて、顔はまっくろ、見栄も欲もなく、道行く人々に声がけをする、それだけを生きがいに、この町内のようすを見とどけることこそが、ささやかな使命であるらしかった。とおい遠い昔の話をする。感情的になると言葉はますます聞きとりにくくなる。断片から推測するに、それは日本ではないらしい。ほかの国の名前のようだ。小さいころに、そこに居たという話をしているのかな…? 聞き返すのも、なんだかわるいので、私はうなずいて、聞いたフリをする。たとえ聞きとれたとしても、私には分からない話だろう。爺さんの顔のシワは、天才の彫刻品みたいに複雑に入り組んでいて、ちょっと想像するだけで、目眩がしそう。92年も生きるなんて、どんな感じなのだろう。だけど爺さん、使命なんて、おおげさじゃないの? この暑いのに、家に入ってテレビでも見れば? みのもんたとか見ないのかな。どこか涼しいところに遊びに行くとかしないのかな。爺さんが思うほど、だれも爺さんのことなんて、気にかけてもいないかもよ。爺さんが、言葉がけをするから、渋々返事をしている人も、なかにはいるかもしれないよ。言えないけど、胸のうちで、そんなことも考えてしまう。

梅雨に入り、連日雨が降り、地獄のような暑さが一気に引いて寒くなった。爺さんは家のまえには居ない。いつも腰かけている手押し車がそこにはない。誰もがその家のまえをとおるとき、チラチラとふり返る。閉ざしたままの家の門を注意して見ている。92歳という年齢が、頭に思い浮かぶ。いつ死んでもおかしくない。そこに居る人が、居なくなるのは、私だけでなく、みんな淋しいようすだった。
1週間、2週間と、日が経ち、その家の門に、喪中のしるしが出てくるのを、なんとなく覚悟しはじめたとき、小雨の降るなかを、ヨボヨボの体がゆっくりと進み出てきた。いつもの手押し車に腰かけて、傘をさし、道行く人々に、爺さんは声がけを再開した。
カゼひいてたと、近所のお婆さんに話している。数日ぶりの爺さんはモテモテで、挨拶するだけで行ってしまう高校生の女のコたちまで、爺さんに近寄っては明るい声で笑っていた。どこの誰なのか、よく分からない。でも爺さんはみんなに声がけをする。無視されても明日も声がけをする。ここでみんなを見てやることが、爺さんの使命であるらしかった。
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