カタヨリ紙

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太宰治の桜桃忌です。

昭和11年。太宰は熱海に居た。
お金を届けてほしいと、檀一雄に連絡を入れた。
檀は初代(内妻)から七十数円を預かり、熱海へと。
そのまま二人は小料理屋へ。

食べたら舌が抜けそうなほどに高価な天ぷらを食べ、かるく三日間飲み明かし、ついでに遊女とも遊んでしまい、気がつけば、お勘定は、三百円。たったの三日間で、七十数円が、三百円にまで膨れ上がってしまった。

「菊池寛に借りてくる」

そう言い残して、ひとり太宰は出て行く。
檀一雄、人質として、残される。
十日経っても音沙汰ナシ。
小料理屋の主人はご立腹、待っていられない、太宰はどこだ、どこに居やがると、檀といっしょに探しまわる。

荻窪。太宰は、井伏鱒二と将棋を指していた。
檀は激怒した。人質の身にもなってみろ!
そこで太宰が言うことには、、、

「待つ身は辛いかね。待たせる身が辛いかね。」

けっきょく借金は、井伏鱒二と佐藤春夫が払い、初代も着物を質に入れて賄ったという。その四年後に、『走れメロス』を発表したという。これ有名な話ですね(退屈でごめんなさい)。

新潟の高等学校へ、演説に行った話、『みみずく通信』から引用↓。

私は四、五はい水を飲んで、さらにもう一冊の創作集を取り上げ、「走れメロス」という近作を大声で読んでみました。するとまた言いたい事も出て来たので、水を飲み、こんどは友情に就いて話しました。
「青春は、友情の葛藤であります。純粋性を友情に於いて実証しようと努め、互いに痛み、ついには半狂乱の純粋ごっこに落ちいる事もあります。」

“純粋ごっこ”と書かれている。
この言葉と、さきほどの、「待つ身は辛いかね。待たせる身が辛いかね。」とを、考え合わせてみるに、太宰は巷で言われているほど、湿っぽい人ではないと思う。怖ろしい魔物が棲みついている。怖いンだよ苦しいンだよと、太宰は身近な人に告白しているが、おそらくその怖さ苦しさは、私のような凡人には到底分からない感覚で、その魔物と終始格闘して果てた、という印象が、とても強いです。
たしか中期の頃、井伏さんの紹介で結婚した時期に、書いた小説のなかに、自分は損な書き方をしていた、というくだりがどこかにあったと思いますが(記憶だけで書いてる 笑)職業作家でいってもいいンじゃないだろうか、と健全に考えていた時期もあったように思います。でもけっきょくは、そちらへ行かなかった。太宰は太宰として死んでいった。私はそれを馬鹿だと笑うことができません。もっと利口にやれるはず。でも利口にやれていたら太宰の文学は死んでいた。周囲に毒をまきちらし、散々に迷惑をかけ、死後何十年経とうが太宰のあとを追い、死んでゆく人々もいるなかで、それでも彼を愛する人々が、大勢いるということは、やはり太宰のひとり勝ち、稀有な才能の成せる技であろうと、ひそかにマニアは思うのでした。。

太宰Tシャツ 金木町の新座敷から~太宰屋

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