カタヨリ紙

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耽々日記

Nirvana の記事を書いたらふっ飛んでしまった。もう今日はやる気がないので奈良の思い出をもう少し書いてみよう。
観光旅行で行っても分からないことのほうが多い。「奈良? お寺ばかりで辛気くさい。ソープランドもないような所、どこが面白いの」とオッサンに言われたことがある。顔では笑っていたが、こいつぶっ飛ばしてやろうかと内心思った、笑。
でもそうかもしれない。お寺といえばお坊さんで、お坊さんといえばお説教で。歴史に興味がなければ奈良なんてどこが面白いのかと、そう思っても不思議じゃない。私も歴史はよく分からない。学生の頃、日本史の先生が熱く語っているのを聞きながら、「先生もよくやるよな。こんな壮大なる嘘物語。お前、見たンか?」みたいな(笑)ヒジョーにひねくれたガキだったので、そもそも受け身で理解する歴史は信用していないのだ。どうにでも改ざんできると思っているから。
ところが奈良で暮らしてみて、しみじみと思ったのは、先生の話をちゃんと聞いておくべきだったということだった。あの凄さはハンパじゃない。ダテに世界遺産を名乗っているわけじゃない。もしも自由に居住地を選べるのなら、私は奈良県を選択する、それくらい私は奈良が好きになった。
観光パンフレットに載っていないようなところでもフツーに凄くて。
近所を散歩していたら、見落としてしまいそうなほどの小さな入口があり、腐りかけた立て看板が掲げられていたが、文字が消えかかっていて読めない、でもそこが歴史ある神社だというのが、なんとなく分かる。真夏の、とても晴れた日だった。私はひとりで中に入って行った。すぐにヘンな感じになって、何メートルか歩いたら異界に変わってしまった。そう入口は狭いのに、奥は深いのだ。まだまだ先がある。神社なんてどこにも見えない。いつの間にか辺りから音が消えてしまい、日差しも閉ざされてしまい、かぐや姫の世界のような木々のトンネルの小道は不気味にシンと静まりかえっていた。肌に粘つく湿気が、一定の温度を保っているようだった。まるで呑み込まれるようにして、私はその小道を歩いて行った。途中、帰れないかもしれない、などと、ヘンなことを思ったりもした。目に見えない何かが漂っているようだった。そして、やっと神社らしきものが見えてきて、辺りが、あまりにも暗かったので、目を凝らした。よく手のなかで擦った真っ黒な石みたいな建物が、どうやら社のようだった。もうその時には恐怖のほうが勝っていて、真っ黒な石をパッと見た瞬間にまわれ右して、走って逃げた、笑。
この世とあの世を繋ぐ通路、または、この時代とあの時代を繋ぐ通路、そういう恐ろしさだ。その恐ろしさは、絶対的な威厳、時の重なり、歴史の重さ、それらを前にして、ひれ伏すしかない人間の弱さだった。そういえば、バベルの塔というのがあったね。あれは神の怒りで叩き潰されてしまうが(その神とは違うけれども)蟻のような無名の小さな人間たちの連なりが、どうにかこうにかして命を繋いでいった、その精一杯の努力に対しての怒りもかっているかもしれない。昨日今日で作られたものじゃないのだ。どうしてそう簡単に言える? 奈良へ行くと、恐怖でひれ伏してしまう。マトモになれる装置がそこかしこに埋め込まれている。


時間は蛇だ。後ろから前へと地べたを這う蛇だ。アパートのドアを下から上へと這い上がりもする。ふいに横切り右から左へと姿もなく砂利の音を立てもする。蛇のように時は過ぎて行く。ルーズリーフに書き込まれた文字が風化し、なにひとつ処理できずに蛇は這いまわる。蛇は摩擦で熱を帯び、誰かのプライドの棘に擦れて多少出血し、その先の誰かの情熱を浴びて陶酔する踊り子となってクルクルとまわりもするが、しかしそれもリアルな時間ではなかった。私の時間ではなかった。蛇を捕まえ損ねている。私の蛇なのに、蛇は私以上に躍動し、私以上に要求した。


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