カタヨリ紙

終電前のブンガク雑談サイト 

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1990年

1990年、バブル経済が崩壊した年、『おどるポンポコリン』や『浪漫飛行』『壊れかけのRadio』などの歌が街にながれ、映画館では『ダンス・ウィズ・ウルブズ』『プリティー・ウーマン』『ゴースト/ニューヨークの幻』などが上映された。
その他、この年の流行・話題といえば、カラオケボックス、ダイヤルQ2、ファジー、あげまん、ランバダ、ティラミス、アッシーくん、おやじギャル、成田離婚etc…。世界に目を転じれば、東西ドイツ統一、ゴルバチョフがノーベル平和賞受賞、それからイラク軍がクウェートに侵攻したのもこの年だった、そうです。(Link : 1990年


その頃の私は、まだ若くて底抜けに楽しいことが沢山あった。家にも帰らずに寝るのは電車のなか、朝の出勤時には、歩きながらサンドウィッチを食べた。お腹がいつも空いていた。そのかわりに夢も希望も真新しく輝いていた。社会に出たばかり、一気に世界が広がって行ったが、ガキには分からない大人のやり方の複雑さ、不透明さを前にして、「分からない」を連発していたが、それは今でも分からない(笑)『不幸の会』というのを冗談で発足した。腹をわって話せば意外にもみんな多かれ少なかれ恵まれない境遇、高校生の時、家が複雑でビンボーなため、競馬とパチンコで学費を稼いだという人もいた。彼は学校の勉強そっちのけで競馬とパチンコの研究をしたという。競馬新聞を熱心に読んでいたら母親に見つかってしまい、誤魔化すのに苦労したらしい(笑)当時私よりも2つ3つ年上の女性、彼女は不倫のすえに敗れてズタズタになり、生と死のあいだを彷徨ったと告白した。見た目は明るいし、オシャレだし、とても綺麗な人だった。もう不倫はしないと固く決めても、命がけの不倫をくり返してしまうと。その話をした、たった1度だけ、彼女は別人になった。あの重苦しい表情を、いまでも鮮明に思い出せる。『不幸の会』は、いつの間にか機能しなくなった。みんな忙しくなってしまい、自分の不幸な境遇に酔っていられなくなった。冗談はこのぐらいにして、先へ行こうよ。きっとそういうことだったのだと思う。
電車の中、私はよく乗客を観察した。朝のラッシュはヒドイもので、中学生らしき女のコが降りれずに、「降ります!」と言いながらモミクチャになり、涙をながした。みんなどこか疲れているふうだった。それは私も疲れていたからなのか。今はどうなんだろう…?


1990年、でもやっぱり、懐かしいです。
みんなどうしてるかな…?


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